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ボサノバ想いあふれて売れるコンピレーション盤といえばカフェミュージック,の昨今。その定番はいまだにボサノバなんだろうか。日本人は昔から好きだよね,研ナオコとかも歌ってたし。 新入社員当時,自己紹介文書の「最近興味があること」という欄に,素直に当時興味があった「ボサノバ」と書いたら,妙に音楽にうるさいやつと思われたらしく,先輩に「何かいいCD貸してよ」「小野リサなんかだめか?」なんてきかれてちょっとどぎまぎした。 いや,うるさかったんだけど実際。 『ボサノバの歴史』のJICC出版局から出ていた旧版も持っていたし。 小野リサはあんまり聴いたことなかったんだけど,ラジオでかかっているのを耳にして本場みたいな音だとは思っていたので「本格的ですよ」と答えた。ブラジルではいまどきこんな50年代の典型的なのやってる人いないから新鮮に受け止められている,といった評判も聞いていたけど,それは先輩には言わなかった。 そのときに貸したのが,たぶん今は廃盤の Paradiso (fabian)。フランス語圏アフリカ出身のちょっと低い声の女性シンガー。って全然本格的じゃないな。 それと,トゥーツ・シールマンスがブラジルから多数のゲストを迎えて録音した『ブラジル・プロジェクト』の第1弾Brasil Project。つづりが Brazil じゃなくて Brasil だというところがミソ。本格的だ。個人的にはカエターノの「コラソン・バガボンド」と最後のセッション Bluesette が好き。これには続編 Brasil Project(2) も出ていて,入門にはこちらのほうがいいかもしれない。 でもそのときいちばん好きだった,そして今でもいちばん好きなのは,最初のボサノバ・ソングと言われる Chega de Saudade だ。英語では No More Blues,邦題は「想いあふれて」。 これはその2枚には収録されていない。 なぜその曲が入ったのを貸さなかったかというと,自分の部屋でヘビーローテーションだったから,というんじゃない。これぞボサノバ,というバージョンを当時持っていなかったからです,別にけちったわけじゃないんで許してください,Mさん。 初めてその存在を意識したのは,クインシー・ジョーンズがオーケストラを率いてジョビンの曲なんかをやった Big Band Bossa Nova というアルバムで。タイトル曲は,古くは東京モード学園のCMで,最近では1998年ワールドカップフランス大会のときのナイキのCMで使われてよく知られている。 ボサノバと名乗ってはいるけど,いわゆるボサノバとは全然違って,ジョビンをはじめとするブラジルの人々が始めた音楽を素材にしてビッグバンドでやってみました,という感じで,まったくボサノバを感じさせないタイトル曲とイメージは同じ。全曲。そのアルバムの10曲目,最後の曲。展開が早いし曲想が豊かで,ベストトラックだと思った。トランペットが異常に苦しそうだけど,録音のときも最後だったのかな。 それがきっかけで,この曲の入ったアルバムを集めてみようと思って買いあさり始めたのが,ちょうど「ボサノバに興味あり」の時期だったのだ。 その後で買った,フランスの会社が出したジャズミュージシャンによるブラジルもののコンピレーションに,ディジー・ガレスピーのクインテットによる同曲が入っていた。アルトのレオ・ライトはちょっとクサいけどサウダージの香りを少し残し,あとの人たちは明るい面を強調するといったアレンジで,これも気に入った。 もともとは "Dizzy on the French Riviera" というアルバムに収められていたらしいが,入手はちょっと難しそうだ。 でもこの2つのバージョン,いわゆるボサノバとは全然違うアレンジになっている。ボサノバを期待しないほうがいい。演奏自体は文句なく楽しめるけど。ほかのバージョンをいろいろ聴いてみてわかったけど,曲調の異質さではこの2つが突出している。サビで転調してからの色彩感の違いが印象的。クレジットを見ると,両方でピアノにラロ・シフリンが参加しているので,この人がアレンジにも相当貢献しているんじゃないだろうか。 ほかには,ジョビンがクラウス・オガーマンの指揮するオーケストラをバックにピアノやギターを弾く The Composer Plays というアルバム(邦盤タイトルはイパネマの娘)も当時から持っていた。 ここでの Chega de Saudade は悪くないんだけど,なんか喫茶店でかかるムードミュージックみたいな,ストリングスとかフルートとかが目立つアレンジで,わりとがっかりした。なんか寂しさみたいなのが前面に押し出されていて,気分の落ち込んだ夕暮れ時に聴くとますます落ち込んだものだった。 あとスタン・ゲッツ。渡辺貞夫のボサノバの師匠的存在,ゲイリー・マクファーランドがアレンジ・指揮したやはりオーケストラをバックにした Verve 盤があって,何がやりたいのかよくわからなかった。ジョイスとか,最初の世代じゃないブラジル人のバージョンも少し聴いてみたけど,どれも今ひとつぴんとこなかった。 今思えば,なぜ最初にジルベルトにいかなかったのか不思議。 32曲だか入ってお得感のある,浅黄色のバックにジルベルトがギターを持って座っているジャケットの盤は今じゃ入手困難らしい。あの頃なんで買わなかったんだろう。 買えるときに買わなかったから,しばらくはこの曲が入ったジルベルト盤としては1994年のサンパウロでのテレビ特番をCD化したライヴ録音の Eu Sei Que Vou Te Amar(Joao Gilberto)しか持っていなかった。これもすばらしい。全編ギター1本での弾き語りだが,とにかくいつ聴いてもすごいと思う。ギターが例のボサノバのリズムパターンをしっかり刻んでいるのに歌は符割も含めてフェイクしまくっている。 カエターノのプロデュースによる『声とギター』にも入っているが,こちらのほうが歌のフェイク度合いはおとなしい。 ジョビンのでは,死後しばらく輸出禁止だった箱入りの2枚組 Inedito に入っていたのが原型に近い感じがして(原型を聴いてないけど),よい。 フェリシダージついでなので Chega de Saudade 以外の名曲についても語っておこう。A Felicidade。 海風とジョビンの午後という脱力するタイトルがついたイリアーヌ・イライアスのアルバム9曲目に入っているのがとてもかっこいいので,聞き流すだけではつまんない人には絶対のおすすめ。イリアーヌはこれ以前にもジョビンの曲をとりあげたアルバムを作ったことがあって,それには Chega de Saudade も入っているけど,この演奏はイリアーヌの流麗なピアノだけが目立って,まあ可もなく不可もなく,という出来だと思う。新しいほうのアルバムでは,マイケル・ブレッカーが参加していて,「現代のゲッツ/ジルベルト」なんて宣伝文句も見たことがあるけど,それはブレッカーに対して失礼というもの。フェリシダージの冒頭からアウトのチャンピオンの本領を発揮しまくり,ソロも吹きまくりだ。なめきったゲッツ,ヘタウマのジルベルト妻と比べちゃいかん。 それはそうと,マリーザ・モンチといい,イリアーヌ・イライアスといい,なぜ日本盤では名前だけしか表示されないんだ? (2002/07/29 記) 最終更新 2004-05-28 13:01:04 |
ボサノバに想いあふれて |
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© 2004, Jun Sakamoto